中国語を学ぶ上で大きな転機となった出来事。
というと大げさなのですが、上海に留学していた時のことです。同屋(ルームメイト)はE藤さんという現役の大学生で中国語の能力的にはほぼ同じぐらいかなという感じでした。クラスも同じでした。ルームメイトといっても彼は友人が多くて(特に西洋人のが多く)忙しく、あまり私と一緒に出掛けたりはしなかったのですが、一度何かで街に出かけたときに、
「そうだ、部屋にコンセントが少ないからタコ足を買いに行こう。」
ということになったのです。ところが辞書も持ってきていないし当時はスマホなんてないので、タコ足がなんていうかわからなかったのでそういうと、E藤さんは
「大丈夫、大丈夫」
と平気の平左なのです。
それまで私は買い物に行くときは事前に使いそうな単語を調べてメモして行くか、それとも辞書を持っていくかしていました。だから買いたい目的のモノの名前がわからないときに辞書やメモがないと対応することはできませんでした。当時の中国は客が手に取ってモノを選べるようなお店はなくて、すべてショーケースの向こうにお店のヒトがいて、欲しいモノは店員の向こう側にあるか裏のストックにあるというような形式でした。つまりは手に取って「これ頂戴。」とは言えないし、また指差して「アレをください。」というのも無理だったのです。
E藤さんが北京路の電気部品等を売っている店に入ってどうするのかと見ていたら、店員のおじさんに自己紹介をし出しました。
「僕たちは上海外国語学院の学生で一緒に住んでいます。」
おじさんたちは何が始まるのか面白がって見ていました。
「部屋には電灯とテレビと録音機とがあるけど、これ(とコンセントを差す真似)は1つしかないんです。」
「おお、插座か。」
「そう、それそれ。じゃあどうしたらイイと思いますか?」
するとおじさんは「みなまで言うな。」という顔をして奥からタコ足の延長コードを持ってきて言いました。
「これだろう? お前のほしいモノは。」
私はこれを見てとても感心したのです。この日から私は外出前に単語を調べて行ったり、辞書持参で出かけたりすることをやめました。そうです。わからない単語は説明したらイイのです。それが会話の練習なるのです。そしてその単語を覚えればイイのです。
ということで、旅行のための単語や買い物のための単語とか、食事のための単語とかそういうのを覚えたり、書き出したりするより、できるだけ説明するようにしていけば会話の力は間違いなく伸びるし、そうして単語を覚えれば語彙も増えます。しかし、相手がこちらに付き合ってくれるぐらいヒマか気が長いかでないと「没有。」で終わってしまうので、如何に相手の気を引くかが勝負になります。これもいろんな意味で訓練になります。ということに気がついて、それ以降は実戦主義(悪くいうと場当たり的)な方法に方針転換したのでした。
ちなみに、タコ足の延長コードは中国語で「插排」或いは「多孔插座」と言います。